Vol.177 アーティスト 前田 麦さん

[本日のフルコース] 自然の造形物と変形に魅せられたアーティスト、 前田麦さんが何度も開く「形態」本フルコース
[2020.8.17]

書店ナビ:
コロナ感染対策でいっとき対面取材を控えていた北海道書店ナビの選書企画「本のフルコース」ですが、平熱確認とマスク着用のうえ、4カ月ぶりに取材を再開しています。
その皮切りは札幌在住のアーティスト、前田麦(まえだ・ばく)さんにご協力いただきました。
前田さんと言えば、クリエイティブディレクターの吉川徹さんと手がけるリボンを使ったクラフトアートプロジェクト「リボネシア」が代表作。
普段は贈り物に使われるリボンをねじったり、まるめたり、結んだりすることで植物や動物、海の生き物へと形を変え、新しい命を吹きこむアートプロジェクトで世界を驚かせたクリエイターです。

書店ナビ:
2008年から試作を始めたリボネシアは、2010年にサイトを立ち上げ、今年でちょうど10周年。当初から英語でプレスリリースを作成したため、たちまちフランスやブラジル、NYのメディアで取り上げられ、じきに国内のアパレルや広告関係者の目にもとまるように。
大阪タカシマヤ、香港のハーバーシティのディスプレイや、資生堂のホリデーコレクション、中国最大手ECである「アリババ」内のESTEE LAUDERスペシャルサイト用のアートなど、数々の大手企業からの依頼に応えてきました。

書店ナビ:
リボネシア以外にも麦さんは個人のアートワークを展開し、2016年11月には札幌のセレクトショップ「Fortuna」(フォルトゥーナ)で「自由研究」と題した個展を開催。
特定のパターンを繰り返して描いたドローイングや塩を自然乾燥させて無作為な絵柄を作る作品など、実験的な世界観を展開し、来場者を魅了しました。
現在は「はちみせ(83)」や「グラニフ」などのデザイン系通販サイトで麦さんデザインのスカーフやTシャツを気軽に購入することができます。

書店ナビ:
こうした”奇想”ともいえる麦さんのアートデザインは、ご本人の自然科学好きを源泉としています。 ここから先は、「幼い頃から自然の造形物に惹かれてきた」と語る麦さんが選んだ5冊、「形態」のフルコースをご紹介します。
[本日のフルコース] 自然の造形物と変形に魅せられたアーティスト、 前田麦さんが何度も開く「形態」本フルコース
前菜
そのテーマの導入となる読みやすい入門書

かたちの理由
副題は「自然のもの、人工のもの。何がかたちを決め、変えるのか」。物質や物理をもとに自然物、人工物がその形になるべくしてなった理由を考察した本。デザイン、アート、建築などの勉強にもなる。
書店ナビ:
麦さんの作品は、代表作のリボネシアもそうですが、氷や塩などの自然物や近年発表したハンコを使った「スタンプバイミー」シリーズなど、どれも「この素材ってそんな風にもなっちゃうの?」という驚きにあふれています。
前田:
自分の場合、最初に作りたいイメージがあるわけではなく、マテリアルをさわりながら考えていくことがほとんどです。いろいろと実験していくうちに、徐々に素材の能力によって形が決まっていく。その限定されていく過程がすごくおもしろい。この本を見かけたときも迷わず買いました。
書店ナビ:
本書の30ページ「支柱と結び目ー構造の要素」の本文にある「これらの力――引張、圧縮、ねじり、剪断(ズレ)、曲げの5つの力――」の部分にマーカーが引いてありました。
確かに麦さんの作品には、ねじったり、ひねった形が多いですね。
前田:
自然界には直線がないですし、自分が惹かれるのも自然物独得のゆらぎやゆがみ。
今回のフルコースのテーマは「形態」ですが、自然物本来の形からだんだんと人が解釈を加えた形への移行も意識しています。

スープ
興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

Art Forms in Nature
麦さんの私物は2008年に出版された洋書だが、河出書房新社から『生物の驚異的な形』の邦題で翻訳されている。著者のエルンスト・ヘッケルは19世紀に生まれた生物学者。本書に収められている芸術的な生物画で知られる。
書店ナビ:
2017年にクラークギャラリー+SHIFTで開催されたリボネシアの作品展「MURMUR」で発表した「Eternal Cosmos」シリーズは、海洋や古代の生物を表現した、まさにヘッケルが描く生物画と重なる世界観でした。

前田:
生物画自体が好き、というのもありますし、ヘッケルの場合は対象物を1ページにおさめるレイアウトのセンスや細部のタッチも含めて、絵として好きなんです。
同じ生物画集でも「よく見ると適当っぽいな」と思うものもある。ヘッケルは微生物から水中・海洋生物、爬虫類などすべてに渡ってうまい。見ているだけで楽しいです。


魚料理
このテーマにはハズせない《王道》をいただく

AN ATLAS OF ANIMAL ANATOMY
馬や犬、鹿、ライオンなどほ乳類の骨格、筋肉、表皮を288点の緻密なイラストで紹介。ほ乳類の動きをビジュアルで表現しようとするクリエイターたちの関心も満たしてくれる洋書のイラスト集。
前田:
リボネシアで馬やネコ科のライオン、犬を試作するときは、からだのなかに骨がわりとなる針金の芯を入れるので、そういうときはこの本を参考にしています。
でもこの本に描かれているとおりに作ったからといって、いいものができるかというと、それはまた別の話ですけどね。
書店ナビ:
骨つながりでうかがいますが、よく行く博物館はどこですか?
前田:
北海道なら北大の総合博物館で、本州なら科博(国立科学博物館)。
去年の夏にNYのアメリカ自然史博物館に行ったんですが、ここがめちゃくちゃよかった!コーナーごとにまるで写真のようなスーパーリアルな背景が、ハリウッド映画のマッドペイントレベルの景色が描かれていて、そこに飾られている剥製のジオラマも尋常じゃないくらいすごいんです。アメリカの力を感じました。もう一度行きたい。一週間くらいかけて通いたいです。

肉料理
がっつりこってり。読みごたえのある決定本

Alexander McQueen: Savage Beauty
2011年の5月から3カ月間にわたりNYメトロポリタン美術館で開催された、故人のイギリス人ファッションデザイナー、アレキサンダー・マックイーンの19年間のキャリアを振り返った回顧展のカタログ。
前田:
アレキサンダー・マックイーンの熱烈なファンというわけではないんですが、「かっこいいな」と思うファッション画像があるといつもそれはマックイーンで、普通の書店には置いていないと思いますが、彼の回顧展のカタログをメイン料理に選びました。
“Savage Beauty”は、数ある彼のデザインのなかでも自然の構造物を使ったものが多いですし、インスパイアされたであろうもののなかに生命と死の影が見え隠れしています。

書店ナビ:
1992年に自分と同名のブランドを立ち上げたアレキサンダー・マックイーンは、既存の枠にとらわれない新たな美の概念でたちまちモード界の寵児となり、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを4度受賞。2010年に亡くなったときは世界がその早すぎる死を悼みました。
前田:
死後に作られたドキュメンタリー映画も観ましたが、自死という結末を知って見ているので余計につらかったですね。
最初に言ったとおり、「形態」のフルコースのなかでも人の情念が作品の形態にこってりと反映されているという意味で、これが《肉料理》です。
デザート
スイーツでコースの余韻を楽しんで

日本のおもちゃ絵 ―絵師・川崎巨泉の玩具帖
川崎巨泉は明治から昭和にかけて活動した郷土玩具画家。麦さんが持っていた本は2014年の初版本。だるま、こけし、招き猫…日本各地のおもちゃが「動物編」「鳥類編」「人編」「物の怪編」と編集されているのもおもしろい。
前田:
最後は《デザート》っぽい、ふわっとした文庫本です。5、6年前に本屋さんで見かけて手に取りました。
精巧なアートや工芸品でもなければ、かといって用の美を追いかけているわけでもない、素朴なおもちゃたちの姿を描いた玩具帖。そのキャッチーな出で立ちが、なんとも愛おしいです。
声高な主張がないアノニマスのところや適度なヌキ加減がいいんだと思います。

ごちそうさまトーク 《デザイン筋トレ》で毎日インスタを更新中!
書店ナビ:
創作をしていて、一番楽しいときはどんなときですか?
前田:
いろんな実験や試作を通して「こうなるんじゃないかな?」という全体像が見えてきたときです。
昔からいつも「誰も見たことがないもの、新しいものをつくりたい!」という思いがあり、どんなやり方でも慣れてきてすぐにできるようになると、だんだんおもしろくなくなってくる。
よく「手先が器用なんですね」と言われますが、そうじゃなくて、ぼくが不器用だからいろんなまわり道もするし、うまくなりたいと考えるんだと思います。

書店ナビ:
コロナ期のいま、自分の作品やプロダクトをつくるクリエイターが多くなりました。麦さんもInstagramで毎日イラストをアップされていますね。
前田:
コロナ以前より時間ができたということは自分と向きあうことにもなりますし、この時期に”デザイン筋トレ”をしていないと次の段階がきたときに走り出せなくなる。
いまはできることをしようという気持ちです。
書店ナビ:
工作室をイメージした新事務所で、さまざまなアイデアの萌芽を育てている前田麦さんの《形態》フルコース、ごちそうさまでした!
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前田麦(まえだ・ばく)さん
1974年北海道札幌市生まれ。北海学園大学経済学部卒業後、ウェブ制作会社を経て2005年からフリーのイラストレーターに。2010年にリボネシアの公式サイトを立ち上げ、世界的に注目を浴びる。個人のアートワークも素材の可能性を広げるアイデアや自然や生物にインスパイアされた造形が唯一無二。デザインしたTシャツやスカーフ、ステッカーなどは「はちみせ(83)」や「グラニフ」で販売中。

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