Vol.185 映画『モルエラニの霧の中』監督 坪川 拓史さん

[本日のフルコース] 映画『モルエラニの霧の中』坪川拓史監督が並べる 〈第七芸術〉映画を教わったぼくの師匠本フルコース
[2021.2.8]

書店ナビ:
現在、東京の岩波ホールで絶賛公開中!室蘭を舞台にした映画『モルエラニの霧の中』を監督した室蘭在住の映画作家・坪川拓史さんに、「本のフルコース」にご協力いただきました。
坪川さんが室蘭で出会った人々から聞いた実話をもとに脚本を書いた7話連作の『モルエラニの霧の中』の道内公開は4月から。室蘭ディノス、サツゲキでの公開を心待ちにしている方々、もう少しの辛抱です。



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2月の今はまだウォーミングアップがわりに、坪川さんが選んでくれた映画づくりそのものに関する本のフルコースをお楽しみください(『モルエラニの霧の中』のお話はまた最後の「ごちそうさまトーク」でうかがいます)。
坪川さんは長万部高校を卒業後1990年に上京し、串田和美さんが主宰する「オンシアター自由劇場」に研究生として入団。
役者たちが劇中の音楽演奏や衣装・美術の制作も手がける自由劇場流の芝居人として成長するかたわら、映画製作を始め、初の長編映画『美式天然』(うつくしきてんねん)で第23回トリノ国際映画祭グランプリと最優秀観客賞のW受賞を果たします。

坪川:
ぼくが映画を撮り始めたきっかけは、自由劇場のオーディションのときに「アコーディオンが弾けます!」とウソをついたところから始まります(笑)。
うっかり合格してしまってから慌てて公園で練習していたら、映画学校の学生たちにスカウトされて彼らの作品に準主役で出ることになったんです。
ところが自分は当時脂が乗り切っていた自由劇場で、同じ北海道出身の小日向文世さんや吉田日出子さんたちの作品づくりを生で見てますから、同い年の学生たちが作った脚本をそのまま飲み込めるわけがない。
「つまんないから」と勝手にセリフを描き直したり、撮る角度を指示したりして学生全員をキレさせます(笑)。しまいには彼らに取り囲まれて「そんなに言うならおまえが撮れよ!」と言われた一言に「おうっ、オレが撮る!」と受けて立ち、撮る側にまわって今日にいたるというわけです。
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このお話だけで短編映画のストーリーを聞いているよう。続きは本の解説とあわせてうかがいます。
[本日のフルコース] 映画『モルエラニの霧の中』坪川拓史監督が並べる 〈第七芸術〉映画を教わったぼくの師匠本フルコース
前菜
そのテーマの導入となる読みやすい入門書

Edward Hopper: A Fresh Look At Landscape
20世紀を代表するアメリカの画家エドワード・ホッパーの作品集。都会の孤独を描いた代表作『ナイトホークス』(1942年)は後世の映画・文学にも多大な影響を与えた。
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はじめに読者の皆さんにご説明しますと、坪川さんのフルコースのお題になっている〈第七芸術=映画〉という考えは、「世界最初の映画批評家・映画理論家」と言われるR・カニュードが「時間の芸術(音楽、詩、舞踊)」と「空間の芸術(建築、彫刻、絵画)」をつなぐ新しい芸術、すなわち〈第七芸術〉と映画を定義した、という前提で構成されています。
この流れに沿って、まず「絵画」の分野から坪川さんがお気に入りの画集を《前菜》に選んでくれました。
坪川:
長万部高校を出てすぐに上京して自由劇場に入り、気がついたら映画制作の道に入っていたぼくは、映画を学校で習ったことがないんです。
なので〈第七芸術〉とも〈総合芸術〉とも言われる映画を知るには、それを構成する音楽や絵画という6つの要素から勉強していくしかありませんでした。
それまでじっくりと見たことがなかった絵画も、美術系専門学校に入り浸っては面白い連中と友達になり、たくさん絵を見るようになっていきました。
そのなかで特に惹かれたのがホッパーの世界。二作目の『アリア』はホッパーの絵を参考に撮りました。
書店ナビ:
都市の情景や市民の生活をリアリズムで描写したホッパー。世界恐慌後の不況にあえぐアメリカを洗練された筆致で映しとりました。
坪川:
ホッパーの魅力は、作品からストーリーが浮かぶところ。描かれた場面も人物もその前後の物語が浮かんできます。
野原にぽつんと一軒家が建っていたりして、北海道によく似た風景が出てくるところも惹かれる理由かもしれません。
絵画のような映画を撮りたい。そう思わせてくれる画家です。

スープ
興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

路地裏探索 道草画報 松本浦作品集
札幌在住の松本浦さん初の作品集。4Bの鉛筆と水彩絵の具で描かれた”懐かしき時代の風景”。もうここでしか見られない建物や前職が映写技師だった松本さんらしく昭和レトロな映写機も登場する。
書店ナビ:
総合芸術である映画の構成要素、二つ目は「建築」です。重要文化財だけでなく路地裏にたたずむ市井の建物もスケッチする松本浦さん。
実は坪川さんと初めてお会いした場所が、本書の出版記念絵画展の会場でした。松本さんは室蘭育ち、坪川さんは長万部育ちで、同世代の映画好きと共通項が多いお二人が知り合ったのは意外にも大人になってからだとか。
坪川:
浦さんの絵を初めて見たとき、「人の気配がする」と思ったのと同時に「多分描いている人はおじいさんなんだろうな」と思ったんです。ところが実際に会ってみたら同じ年で、しかも元映写技師だったとは!
映写機の話で盛り上がり、「いつか自分が撮った作品のロケ地マップを描いてください」とお願いしていたその夢が、今回の『モルエラニの霧の中』で実現しました。
ぼくも古い建物を撮るのがすごく好きで、『アリア』のときは東京大空襲にも生き残った3階建ての蔵を古道具屋にしつらえたり、『ハーメルン』では取り壊しが決まっていた築80年の旧喰丸小学校をロケ地に使いました。
旧喰丸小学校は映画をきっかけに保存することが決まり、現在も交流・観光の拠点施設「喰丸小」として機能しているのがすごくうれしいです。
浦さんが絵でやろうとしていることを、ぼくは映画でやっている。そういう間柄です。
魚料理
このテーマにはハズせない《王道》をいただく

幕があがる
劇団「オンシアター自由劇場」主宰の演出家が初めて描いたエッセイ集。1996年に同劇団解散後、串田氏はコクーン歌舞伎の演出など幅広く活躍。2003年4月まつもと市民芸術館館長兼芸術監督に就任し、現在は芸術監督。
坪川:
映画の構成要素のひとつ、「舞踊」の系統にある「演劇」といえば、ぼくの師匠の串田さんです。串田さんが作る舞台は役者が衣装・美術・楽器の演奏をやりながら物語の世界を作っていくスタイルですので、いわば「音楽」「建築」「絵画」…と6つの要素全てが入っている。
ぼくの映画づくりの中で「あの人がこれを見たらどう思うか」とつねに念頭に置いている三人が、串田さんと次に紹介する音楽家の武満徹さんと写真家のサラ・ムーンです。
実際にお会いしたことがあるのは串田さんだけですが、ぼくの中のその三人が「それ、つまらないんじゃない?」と言ったものは外します。
書店ナビ:
話を巻き戻してしまいますが、坪川さんが二十歳のとき、オーディションで「アコーディオン弾けます!」とウソをついた話、その後どうなりましたか?
坪川:
あやうく演奏ありきで役がつきそうになったので、串田さんに「スミマセン!ウソでした!」と土下座して謝りました。それを聞いた串田さんは怒るどころか、「やるねえ~」と笑ってくれた。そこからもう、頭が上がりません。
さすがにその後は練習してひと通り弾けるようになりましたが、ぼくがいま役者仲間と作った「くものすカルテット」で演奏できるのも、自分の映画に音楽をつけられるようになったのも全部、串田さんのおかげです。
『モルエラニの霧の中』のパンフレットにも寄稿していただきました。感無量です。
肉料理
がっつりこってり。読みごたえのある決定本

映像から音を削る 武満徹映画エッセイ集
和楽器を使った「ノヴェンバー・ステップス」で日本を代表する現代音楽家となった武満徹(たけみつ・とおる 1930年~1996年)。無類の映画好きでも知られ、『切腹』や『沈黙』、黒澤作品などの映画音楽も残している。
坪川:
「音楽のような映画をつくりたい」と二十代の頃からずっと思い描いていて、武満徹さんの作品や著書から映画のことをたくさん教わりました。
武満さんの書く曲は水墨画のようで、空白も絵になっている。音が止まっているときも”鳴っていない音”を書いていた人だと思います。
紹介した本のタイトルにもあるように、ものづくりで一番難しいのは”削る”作業です。『アリア』の編集作業のとき、小松政夫さんの場面で思いきって、入れていた音楽を外して息づかいだけを残したら、予想以上の効果が生まれた。
あのときは、ぼくの脳内武満さんが「よく削ったね」とほめてくれました。
西島秀俊さん、倍賞千恵子さんに出演していただいた『ハーメルン』の現場にはいつも武満さんの本を持参し、エンドロールでは武満さん作詞作曲の「小さな空」を倍賞さんに歌っていただきました。
倍賞さんがその後ご自分のコンサートでも歌われていると聞いて、うれしいかぎりです。


デザート
スイーツでコースの余韻を楽しんで

サラ・ムーンのミシシッピー・ワン
著者は1960年代にモデルとして活躍した後、70年代から写真家デビュー。85年にアーティストとして作品制作を始め、本書は自らの脚本による初監督作品(1992年)の映画写真集。
坪川:
映画の構成要素に「時間の芸術(音楽、詩、舞踊)」があるのなら、サラ・ムーンの写真もその一瞬を切り取る「時間の芸術」だと思います。
彼女の写真を初めて見たとき、まるで白昼夢を見ているかのような衝撃を受けて、この映像作品『サラ・ムーンのミシシッピー・ワン』のVHSビデオも何百回見直したことか…。そのビデオを誰に貸したか、わからなくなってしまったことだけが悔やまれます。


坪川:
ぼくが彼女の作品を見て「すごい!」と衝撃を受けたように、これからぼくの映画を観てくださる若い方たちにそう思われるようなものを作れたらいいなと思います。
ちなみにもう一冊、《デザート》にいいかなと思った本が『世界文学にみる架空地名大事典』。古今東西の物語に出てくる場所・地名の辞典です。
映画監督は妄想が職業です。今は皆さんもご自宅にこもらなければいけない時間が増えていると思うので、この本で妄想の時間をお楽しみください。
ごちそうさまトーク 待ち時間に”電線音頭”の心遣い
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2月6日から東京・岩波ホールで公開が始まったばかりの映画『モルエラニの霧の中』。ネット上では早くも好評の声が届いています。
本作の第3話に出ている小松政夫さんは2020年の暮れに訃報が届きましたが、実は坪川作品全作に出演されているのだとか。

坪川:
ええ、ぼくが小さい頃から小松さんの大ファンで、自分の初作品に出ていただきたくてお手紙を書き、「舞台出演が続いているから」と断られても二度舞台を観に行きました。
「小松さんが出てくださるのを何年でも待ちます!」としつこく迫るぼくに最後は「よし、わかった!」と言ってくださって、それ以来のおつきあいです。
真夏日に撮影があり(しかも冬の場面で!)待ち時間に出演者やスタッフがあまりの暑さに爆発しそうなときも、小松さんが自ら場をつなぐためにセットのステージ上で往年の”電線音頭”を披露してくださって皆がもう大喜び!
汗だくで踊り終わったあとに「これでちょっとは気がまぎれるでしょう」と舞台袖で小さくつぶやかれた。本当にかっこいい方でした。
書店ナビ:
小松さんもそうですが、2018年に亡くなられた名バイプレイヤー大杉漣さんの姿もスクリーンに刻まれています。
のべ1000人近くの地元の方々が協力し、5年越しで完成した室蘭発の映画『モルエラニの霧の中』。室蘭ディノス・札幌のサツゲキでは4月から公開が決まっています。
坪川監督も道内公開後はますますお忙しくなりそうですね。坪川式映画づくりの土台になっている5冊のフルコース、ごちそうさまでした!
坪川拓史(つぼかわ・たくし)さん
1972年北海道室蘭市生まれ、長万部町育ち。1990年に上京し、1992年に劇団「オンシアター自由劇場」に研究生として入団。その後映画監督やアコーディオン奏者として活動し、2011 年に室蘭へ帰郷。同市を舞台にしたオムニバス映画『モルエラニの霧の中』の撮影を2014 年に開始。2019年に完成した本作では脚本、監督、編集、劇中音楽を担当。

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